青銅器館
BRONZEWARE
4展示室

青銅文化の展開

商周時代に隆盛をほこった青銅彝器の製作は、秦始皇帝の中国統一をもって衰退してしまいますが、秦漢時代以降も銅鏡を中心として、青銅器の製作は続けられました。そして中近世には商周青銅器を模範とした復古主義的な銅器も作られるようになり、それらは主に花器として日本にも受容され、その伝統は現在にまで引き継がれています。ここでは秦漢時代以降に製作された銅鏡を中心に、中国青銅文化の展開を読み解いていきます。

  • 金銀錯獣形尊

    きんぎんさくじゅうけいそん
    時代
    北宋
    通高
    28.6cm
    重量
    7.9kg

    ロバのような、ウサギのような姿の動物をかたどった器で、背中に蓋がつき、内部に液体を貯めることができるようになっている。商周時代には、こうした動物型の酒器を「犠尊(ぎそん)」と呼んでいたが、この器はそれを北宋時代に模倣して製作したものと考えられる。北宋時代は古典文化のルネサンスが巻き起こり、商周青銅器を模範としたいわゆる「倣古銅器」が数多く製作された。この器もまたその一例であろう。

  • 方格規矩四神鏡

    ほうかくきくししんきょう
    時代
    前漢末
    通高
    18.9cm
    重量
    865g

    「天円地方」という言葉があるように、中国では古来、天は円く地は四角いものと考えられた。天地はあたかも気球のように、地は天を支え、互いをつなぎとめる必要があり、そのための柱やロープ、巻き取る器具を図案化したTLV字状の規矩文(きくもん)と呼ぶ。丸い鏡体は天を、中央の鈕を取り囲む方格は地をあらわし、これに青龍・白虎・朱雀・玄武の四神をはじめとする瑞獣文様を配した鏡は、まさに中国古代の宇宙観を体現している。

  • 提梁壷

    ていりょうこ
    時代
    前漢
    通高
    43.0cm
    重量
    3.75kg

    くびれた頸部に大きく張り出した胴部が特徴的な壺で、胴部と蓋は鎖によって連結され、さらに持ち手が取り付けられている。商周時代に流行した複雑で繊細な文様表現は、秦漢時代には衰退するが、代わって鏨彫(たがねぼり)の技法が発達し、器の表面にさまざまなモチーフを刻するようになる。本器の蓋と脚部には、細長い胴体に四肢、さらには角をもつ獣が彫りあらわされており、蓋の方は合印となるような工夫が施されている。

  • 仁寿狻猊鏡

    じんじゅさんげいきょう
    時代
    初唐
    通高
    19.2cm
    重量
    1.982kg

    白銀色に輝く鏡体のうえに種々の動物文様をあらわした鏡で、中央の鈕をめぐるように疾駆する8匹の獣は狻猊(さんげい)と呼ばれている。狻猊はもともとは中国古代の想像上の獣だが、のちに獅子と同一視されるようになり、仏の説法を「獅子吼(ししく)」と呼ぶことから、「猊座」や「猊下」などの語源として仏教にも取り入れられた。西域からもたらされたパルメット文様とともに、はるかシルクロードの交流を偲ばせる華やかさをまとった逸品。